樹木葬への提言
社会のあらゆる分野でその必要性に迫られ乍ら新しい工夫や形が求められ模索される今日、墓地も又、再考されて然るべきなのではないでしょうか。
ここに提言する樹木葬とは一言でいって埋葬の新しい形であり、旧来の山を削り木を伐って墓石を並べる方式ではなく、自然のままに木を育て乍ら造りあげる墓地のことです。
つまり、墓石の代わりに樹木を使用する埋葬方法です。
目をやれば人々は競って重く高価な国内外の石材を購入し、故人の生前の心穏かな思い出さえも封殺するかの如く、その亡骸を石にて押さえつけています。そのさまを見るにつけ、息苦しさを覚えざるを得ません。
日本最高年齢現役医師として高名な日野原重明先生も樹木の下に眠りたい、と語り樹木葬の主旨に共感している一人です。
ところで、核家族化・少子高齢化・DINKSと称される子どもを持たない夫婦等々の現代社会では、かつての家長と長子を軸とした「家」制度は崩壊し跡継ぎが不確定となり、墳墓の承継もままならぬ状況となり三代先は誰もが無縁仏予備軍とさえ、囁かれています。
樹木葬は自然の懐に抱かれて眠りたい人々のためだけでなく、このように継承者のいない人のためや、後に残る家族に迷惑をかけたくない人のために提唱された一面も併せもっているのです。
人口動態からみても、今後更に増加するであろう墓地はある時点で飽和数に達し、その後多くが承継者を 失い、その結果墓石が傾きあるいは倒壊し、まさしく荒涼たる墓石ジャングルを眼前にくり拡げることになってしまうでしょう。
そして困ったことには現存する墓地でも既に墓地荒廃の兆候が全国到る所でその 惨状を呈して問題視され始めているのです。
このようなとりわけ将来に向かっての危惧を一挙に解決できるのが樹木葬なのです。開発造成という今までの環境破壊的な墓地の方法を転換し墓地によって反って自然を守ることが樹木葬の第一の主眼なのです。
万一、継承者が途絶え墓が見捨てられても石のジャングルになることなく、美しい里山と自然がそこに残ることになります。
では埋葬方法の概略を述べます。
深さ30センチ以上ほどの穴を掘り細かく砕いた遺骨を納め、土を被い目印に花をつける低木を植えます。
その低木は本人及び遺族の好みや希望で選んでもらいます。
やがて木は成長し花を咲かせ実をつけ、ついには林の構成林の仲間入りを果たし遺骨は土に還っていきます。
余談ですが、この移りゆくさまを目の当たりにして「花に生まれかわった仏たち」と感嘆した人も多いと聞きます。
今や世界中で低炭素社会を目指し、二酸化炭素削減による温暖化防止や地球に優しい環境作りが叫ばれて久しく、ほんの小さな一歩だとしても樹木葬を通して世界のテーマに関われることは幸せ且つ有意義な事ではないでしょうか。
しかも誰でも一度はその選択権が絶対的にある訳ですから。
そもそも墓石埋葬の慣習は大和民族にありませんでした。
ほんの一握りの貴族を除いて、庶民が墓をもつようになったのは江戸時代による政治的意味を込めた檀家制度以後のことです。
更に、一つの墓に何人も入る現在の風習が一般化したのは明治三十年代、ごくごく最近の話です。
この提言の始め、樹木葬は新しい墓の形と述べましたが、実は長い歴史をもった本来の姿、言わば「墓の先祖返り」と言ったほうが適切だったのです。